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東京地方裁判所 昭和32年(合わ)260号 判決

被告人 大井田忠之 外六名

主文

(一)、被告人大井田忠之、同朴炳圭を各懲役弐年に、被告人金奎植、同中島儀、同松本利男、同水野万作を各懲役壱年六月に、被告人内藤すいを懲役壱年にそれぞれ処する。

(二)、被告人大井田忠之に対しては未決勾留日数中百弐拾日を右本刑に算入する。

(三)、被告人金奎植、同松本利男、同水野万作、同内藤すいに対しては、裁判確定の日よりそれぞれ四年間右本刑の執行を猶予する。

(四)、押収物件中(イ)武村富美の権利に関する登記済証壱通(昭和三三年証第一八号の一)、武村富美に対する印鑑証明書壱通(前証号の四)、居住証明書壱通(前証号の二)、武村富美名義の白紙委任状壱通(前証号の三)、(ロ)蛭子武一の権利に関する登記済証壱通(前証号の一九)、同人に対する印鑑証明書参通(前証号の一七)、同人名義の白紙委任状参通(前証号の一八)の各偽造部分はこれを被告人大井田忠之、同金奎植より、(ハ)武村富美名義の領収書壱通(前証号の五)の偽造部分はこれを被告人中島儀、同内藤すい、同松本利男、同朴炳圭、同水野万作よりいずれも没収する。

(五)、訴訟費用中証人土岐武雄に支給した分は全被告人の連帯負担、証人金本興泰に支給した分は被告人中島儀、同内藤すいの連帯負担とする。

理由

(一、罪となるべき事実)

被告人大井田忠之は、他人所有の土地につき登記済証その他関係書類を偽造行使して右土地を担保に他より金員を騙取したこと等から昭和三十年十一月頃渋谷堅太郎他四名とともに公文書偽造、同行使、私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺等の罪名の下に東京地方裁判所に起訴され、右被告事件が同庁に係属中の同三十一年四月頃保釈により出所したところ、同年十月頃より同三十二年五月頃までの間横浜市内数ヶ所、埼玉県深谷市等において在日アメリカ軍等より埋蔵スクラツプ類の払下げを受けて発掘する事業を企図し、かれこれ奔走し資金も投下したがいずれも思惑外れに終り、当時金銭に窮していたもの、

被告人金奎植は、昭和三十一年三月頃から愛知県一の宮市に事務所を有する岩田善資材株式会社の専務取締役の職に在つたところ、同年十一月二十一日頃知人である繊維ブローカー岩井兼治を介して知り合いとなつた被告人大井田に勧められるまま、同人と共同して前記埋蔵スクラツプ類発掘事業を行うこととなり、自宅を担保に供して他より借用した金員を含め約六十八万円を右払下げの為の運動費等に醵出したが、右事業がいずれも失敗に帰したため金銭に窮し、同三十二年三月初旬頃よりは被告人方に同居していたもの、

被告人中島儀は義兄加藤喜一と共同して金属回収業を営むものであるが、昭和三十一年九月頃横浜市内において在日アメリカ軍の埋蔵スクラツプ類の発掘を行つた際被告人大井田に払下手続を依頼したことから同被告人と知り合い、その後も同被告人と共同して発掘事業を企図したこともあつたがいずれも失敗に帰していたもの、

被告人内藤すいは、昭和二十四年頃より被告人中島と内縁関係にあつたもの、

被告人松本利男は、終戦後タクシー会社で働いたこともあつたが、昭和二十九年六月頃より単独で金融兼仲介業を始め、同三十一年十二月頃より肩書地の現住居に移り、松本商会と称して右営業を継続していたもの、

被告人水野万作は、被告人松本と従兄弟関係にあり、昭和二十五年二月頃抑留生活を終えてソビエトより帰国し、一時ドライブクラブの配車係をしたこともあつたが、同三十二年二月頃被告人朴炳圭等と共同してドライブクラブを設立しようとして失敗し、肩書地の現住居において自動車、機械工具類の古物商を営む傍ら被告人松本の仕事の手伝い等もしていたもの、

被告人朴炳圭は、朝鮮人であつて、食料品、油、更に自動車等のブローカーを経て東京都中央区湊町三丁目三番地所在ロープワイヤー加工業荻原工業株式会社の外交員となつたが、その後も各種ブローカーを営み、その間仕事の関係で知り合つた被告人水野等と共同して前記日時頃ドライブクラブを設立しようとして失敗したこともあるもの

であるところ、

第一、被告人大井田忠之は、金銭に窮し従前の如く他人所有の土地を担保に供して金融名下に金員を騙取しようと企て、昭和三十二年五月中旬頃、東京都目黒区上目黒六丁目千三百八十九番地上島外二方邸内の同被告人借家において同居中の被告人金奎植に対し右計画を打明け、同被告人の協力を求めたところ、同被告人も当時冒頭記載の担保に供した自宅より立退きを迫られ窮境にあつたので、右計画に加担方を承諾し、同月下旬頃相共に右目的に供する適当な土地を物色した結果武村富美所有にかかる同都品川区五反田五丁目百八番地の三十四所在宅地百七十一坪四合五勺を利用することに決し、茲に同被告人両名は右宅地に関する登記済証その他の関係書類を偽造、行使して金融名下に他より金員を騙取することを共謀の上、

(一)  被告人大井田及び同金において、

(1)  昭和三十二年五月下旬頃前記被告人大井田方において、行使の目的を以て、擅に、美濃版白紙三葉に毛筆、カーボン紙等を用いて「昭和十三年一月十日東京市品川区五反田五丁目百八番地の三十四売主月本勢んが前記宅地百七十一坪余を同市大森区田園調布三丁目三百二十五番地買主武村富美に売渡した」旨記載してある不動産売渡証と題する書面一通を利用し、その末尾に偽造にかかる東京区裁判所南品川出張所名義の一見登記済なることを証明する趣旨と思われる枠型印及び「東京区裁判所南品川出張所印」と刻した偽造の角印を押捺し、所要の個所に日付印、契印等を押捺し、更に古い不動産権利証の表紙に「武村富美殿」と墨書したものを右書面に結合し、以て東京区裁判所南品川出張所名義の武村富美の権利に関する登記済証一通(昭和三三年証第一八号の一)を偽造し、

(2)  前同日頃前同所において、行使の目的を以て、擅に、あらかじめ入手しておいた印鑑証明書用紙を利用しその右側印鑑及び申請人氏名等の欄の枠内上部に「武村富美」と刻した偽造の丸印を押捺し、その下部に武村富美の住所、氏名、生年月日等をペンを用いて記載した上、左側証明欄中「右相違ないことを証明する」と不動文字で記載してある左に「昭和卅弐年五月卅壱日」とゴム印にて証明日付を押捺し、更に左端の「神奈川県鎌倉市長磯部利右衛門」と不動文字で記載してある右市長名下に「鎌倉市長之印」と刻した偽造の角印を押捺し、以て同市長名義の武村富美に対する印鑑証明書一通(前証号の四)を偽造し、

(3)  前同日頃前同所において、行使の目的を以て、擅に、委任状用紙一枚の末尾に「右代理委任状仍て如件、昭和年月日」と不動文字で記載してある日付欄に「卅二、五、卅一」と、その左下方に「右武村富美」とそれぞれ墨書し、右武村の名下に「武村富美」と刻した偽造の丸印を押捺し、以て同人名義の白紙委任状一通(前証号の三)を偽造し、

(4)  同年六月四日頃前同所において、行使の目的を以て、擅に、あらかじめ入手しておいた居住証明書用紙一枚を利用し、その右端に「住所、神奈川県鎌倉市(空白)番地」と記載してある空白個所に「大町四四八」と、氏名欄枠内に「武村富美」といずれもペンを用いて記入した他所要の事項を記入した上、左端証明欄中「右相違ないことを証明する、鎌倉市長磯部利右衛門」と不動文字で印刷してある右市長名下に「鎌倉市長之印」と刻した偽造の角印を押捺し、以て同市長名義の武村富美に対する居住証明書一通(前証号の二)を偽造し、

(二)  被告人大井田において、同年六月一日頃被告人中島儀の肩書住居で被告人中島に対し、恰も前記武村富美所有の宅地に関しこれを担保として利用し得る権限があるように装い且つ前記(一)の(1)乃至(3)の文書が偽造であることはこれを秘して武村富美名義で同宅地を担保に百万円程借りて欲しい旨申し向けたところ、被告人中島においてこれに応じ、更に被告人中島より土岐武雄、同人より被告人朴炳圭、同松本利男、同水野万作に順次そのあつ旋方を依頼し、その間被告人内藤すいも被告人中島の内妻である関係上これに加わつて来たので、情を知らない同人等をして、同月四日頃より同月六日頃にかけて、数次に亘り、紙本隆四郎に対し、債務者を武村富美として右宅地を担保に融資方を申入れしめ、この間、

(1)  同年六月五日頃同都中央区東京駅八重洲口附近の喫茶店において前記(一)の(1)の偽造登記済証一通(前証号の一)を被告人中島儀、同内藤すい、同朴炳圭、同松本利男及び土岐武雄を通じて恰も真正に成立した書類の如く装つて紙本隆四郎に交付し、

(2)  更に翌六日頃同都渋谷区大和田町十八番地喫茶店「白バラ」において前記(一)の(2)乃至(4)の偽造にかかる印鑑証明書、白紙委任状、居住証明書各一通を前記五名及び被告人水野万作を通じてこれまた真正に成立した書類の如く装つて紙本隆四郎に一括交付し、

以ていずれもこれを行使し、因つて紙本をしてその旨誤信せしめた上、その融資申込金額については、被告人松本利男等の中間介在者の間において、被告人大井田、同金とは別個独立に右あつ旋の機会に便乗し、被告人大井田よりの依頼申込額を超えていわゆる「上借り」をなし、これを同人等中間介在者において秘かに利用する話合をしていたため、紙本に対しては三百万円の融資申入をしていた事情もあつて、同月八日頃被告人松本の肩書住居で被告人松本において紙本より右宅地を担保とする貸借名下に現金二百七十万円の交付を受け、(なお、右中間介在者のうち土岐武雄を除く五名においては、後記第二で認定したとおり、右あつ旋中同月七日頃に至り、紙本に対して交付した前記書類が偽造文書であることを知るに至つたのであるが、同人等においても前記認定のとおり「上借り」を計画していた事情もあつたので、紙本に対しては偽造であることはこれを黙秘して自己のためにする「上借り」金は勿論被告人大井田等のためにする金銭をも併せ騙取することにその方針を決定しているが、被告人大井田、同金においてはこれ等の事実は終始関知していない)以て被告人大井田、同金においては紙本より金百万円を騙取し、

第二、被告人中島儀は昭和三十二年六月一日頃、被告人大井田より前示第一の(二)記載の如き経緯で前記武村富美所有の宅地を担保に金融あつ旋方を依頼されたので、同記載のとおり被告人内藤すい、知り合いの鳶職土岐武雄、更に被告人朴炳圭、同松本利男、同水野万作等を順次通じて前記日時頃紙本隆四郎に対して右宅地を担保に金融方を依頼したのであるが、被告人中島儀及び同内藤すいにおいては前示第一の(二)で認定した如く被告人大井田等とは別個独立にその申込に便乗してこれを機会に百万乃至百五十万円の「上借り」を企て、被告人大井田等にはその情を秘して前記土岐武雄を通じて被告人松本等に二百万乃至二百五十万円の融資あつ旋方を依頼し、更に被告人朴炳圭、同松本利男、同水野万作はその機会を利用し五十万円の「上借り」を企て、その前者には情を秘して右紙本に対し三百万円の融資方を依頼し、前示第一の(二)記載の如く紙本に対しあつ旋をすすめていたものであるところ、同月七日頃被告人中島、同内藤、同朴、同松本、同水野の五名は前記登記済証その他の書類が偽造であることに気付くに至つたが、同人等においては「上借り」を計画している事情もある上、既に紙本隆四郎において真実武村富美がその宅地を担保に金融を求めているものと誤信し前記宅地につき所有権移転登記手続(但し登記権利者は右紙本の都合により同人の知人井上ちよ名義となつている)まで了しているため、いつそのことこのまま真実を黙秘して同人の錯誤を利用し、同人より金融名下に、被告人大井田等のためにする百万円並びに自己等の上借り額をも併せ、結局さきに紙本との金融交渉の結果同人より金融を受けられることになつた金額はすべてこれが騙取方を共謀し、

(一)  同月八日頃被告人松本利男の肩書住居において、行使の目的を以て、擅に、半紙一葉に毛筆を以て「領収書」と頭書し、「一、金参百万円也、右正に受領しました、昭和参拾弐年六月六日、神奈川県鎌倉市大町八八四番地武村富美」と記載した上、右武村の名下に被告人中島、同内藤がかねて被告人大井田より預つていた「武村富美」と刻した偽造の丸印を被告人松本において押捺し、以て武村富美名義の領収書一通(前証号の五)を偽造し、同日同所において紙本隆四郎に対しこれを恰も真正に成立したものの如く装つて交付して行使し、

(二)  同日同所において、紙本隆四郎が前記の如く被告人等が右武村富美のために正当な取引をなしているものと誤信しているのに乗じ、さきに同人に交付した権利証等の書類が偽造であることはこれを告知せず、紙本より右武村に対する金融名下に現金二百七十万円の交付を受け、以てこれを騙取し、

第三、被告人大井田忠之、同金奎植及び高橋完彌こと高橋竜太郎は、昭和三十二年六月中旬頃前示第一の武村富美所有の宅地につき、紙本隆四郎の知人井上ちよ名義に所有権移転の登記が為され、更に同女より東京都世田谷区世田谷一丁目二百十二番地世田谷信用金庫に対し債権額三百五十万円の抵当権設定登記が為されていることを知り、事件の発覚を恐れ右紙本に騙取した百万円を返済して書類を取戻し事態を収拾すべく、同月二十二日頃前記第一の被告人大井田方及び同都渋谷区国電渋谷駅前喫茶店ルビアン等において右目的に供するため前同様の手段により金融名下に他より金員を騙取することを共謀し、相共に関西方面に赴き適当な土地を物色した結果、蛭子武一所有にかかる兵庫県西宮市甲子園三保町三十七番地所在山林八畝二十一歩を利用することに決し、前同様右山林に関する登記済証その他の関係書類を偽造行使して右山林を担保に他より金員を騙取しようと企て、

(一)  被告人大井田、同金及び高橋において、

(1)  同年七月中旬頃大阪市東区内安堂寺町一丁目七十一番地白水旅館内において、行使の目的を以て、擅に、かねて印刷させておいた不動産売渡証用紙一枚及び美濃板白紙二葉に毛筆、カーボン紙等を使用し「昭和二十七年十二月二十三日尼崎市西長洲大町八番地売主戸水登喜雄が前記山林八畝二十一歩を同市東富松字坂塚千百八十一番地の一買主蛭子武一に売渡した」旨記載してある不動産売渡証と題する書面一通を利用し、その末尾に偽造にかかる神戸地方法務局西宮出張所名義の登記済を証する趣旨の枠型印及び「神戸地方法務局西宮出張所」と刻した偽造の角印を押捺し、なお所要の個所に日付印、契印等を押捺し、更にかねて印刷させておいた不動産権利証用の表紙に「蛭子武一殿」と墨書したものを右書面に結合し、以て同出張所名義の蛭子武一の権利に関する登記済証一通(前証号の一九)を偽造し、

(2)  その頃前同所において、行使の目的を以て、擅に、あらかじめ入手しておいた印鑑証明書用紙三枚の各下部申請人氏名欄にペンを用いて蛭子武一の住所、氏名、生年月日をそれぞれ記入し、上部印鑑欄に「蛭子武一」と刻した偽造の丸印をそれぞれ押捺し、且つ同用紙の中央部尼崎市長証明印欄に「兵庫県尼崎市長之印」と刻した偽造の角印を押捺し所要の個所に日付印、契印等をそれぞれ押捺し以て同市長薄井一哉名義の印鑑証明書三通(前証号の一七)を偽造し、

(3)  その頃前同所において、行使の目的を以て、擅に、委任状用紙三枚の末尾に「右委任状仍て如件」と不動文字で記載してある下にペンを用いて「尼崎市東富松字坂塚壱壱八壱番地の壱蛭子武一」と記載し右蛭子の名下に「蛭子武一」と刻した偽造の丸印を押捺し、以て同人名義の白紙委任状三通(前証号の一八)を偽造し、

(二)  同年七月二十二日頃神戸市葺合区布引通り四丁目二番地不動産周旋業田中勝三方において、同人及び不動産仲介業西林栄治に対し、前記高橋竜太郎より「自分は蛭子武一の伯父で渡辺豊という者であるが、蛭子所有の前記山林を担保にして百五十万円程貸して欲しい」旨虚構の事実を申向け、更に同月二十六日西宮市今在家町司法書士藤原方において、右渡辺豊こと高橋竜太郎及び蛭子武一本人と詐称した被告人大井田より、右西林栄治等に対し前示(一)記載の偽造文書である蛭子武一の権利に関する登記済証一通(前証号の一九)、同人に対する印鑑証明書三通(前証号の一七)、同人名義の白紙委任状三通(前証号の一八)を恰も真正に成立した書類の如く装つて一括提示して行使し、因つて右西林等を欺罔して金融名下に金員を騙取しようとしたが、同人等に右書類を怪しまれたためその目的を遂げず、

第四、被告人朴炳圭は、

(一)  昭和二十九年十月二十三日東京都板橋区長に対し昭和三十一年法律第九十六号(改正法)による改正前の外国人登録法第十一条第二項に基き登録証明書の交付を申請しこれが交付を受けているものなるところ、昭和三十一年八月一日右改正法の施行により昭和二十九年十月二十三日より二年を経過する昭和三十一年十月二十三日前三十日以内に当時の被告人の居住地である東京都品川区五反田大崎第一アパート等を所轄する東京都品川区長等に対し所定の手続により確認申請をしなければならないにも不拘、これが申請をしないで右期間をこえ昭和三十二年七月十一日まで本邦に在留し、

(二)  昭和三十年頃は自動車ブローカーを営み自動車の売買のあつ旋を業としていたところ、同年八月中旬頃東京都中野区宮野町二十七番地中野診療所こと医師桜井馨方において同人に対し五十年型プリムス乗用車一台を売却した際、同人より同人所有にかかる四十一年型ビユイツク(時価約十万円相当)及び三十四年型フオード(時価約十万円相当)各一台の売却方を依頼され、同人との特約によりそのあつ旋遂行の一部としてこれを預り当時被告人の居住していた同都豊島区目白一丁目千百十六番地光楽苑アパート前附近において業務上これを保管中、

(1)  同年十月二十九日頃同区千早町二丁目四番地中島貞助方において同人に対し売得金を自己において着服する目的を以て擅に右ビユイツク一台を十万円で売却し、

(2)  同年十一月中旬頃、同都荒川区尾久町六丁目五百八十八番地シノヤマ、モータース、サービス、シヨツプこと篠山嘉市方において同人に対し自己の為約三万円の金融あつ旋方を依頼するに際し、その債務の担保として擅に右フオード一台を交付し、

以ていずれも業務上これを横領し、

(三)  同年十二月二十七日頃、金銭に窮し貸自動車を借りてこれを担保に金融を得ようと企て、同都台東区浅草左衛門町七番地植松産業株式会社から電話で同都港区芝三田小山町二番地自動車賃貸業井上商事株式会社代表取締役井上暁に対し、貸与を受けた自動車を担保に金融を得ようとする意思を秘し、その頃被告人の出入りしていた日本燻製食品工業株式会社の名を冒用し同社の高山という者だがフオルクスワーゲン一台を一ヶ月程借用したい旨申向け、右井上をして単に右自動車を通常の用途に供するため借用するものと誤信せしめ、因つて同月二十九日頃前記井上商事株式会社において情を知らない自動車ブローカー大野木茂を介し、右井上より五十三年型フオルクスワーゲン一台(時価約五十万円相当)の交付を受けてこれを騙取し

たものである。

(二、証拠)

(一) (証拠の標目)(略)

(二) 被告人大井田忠之、同金奎植にかかる判示第一の(二)の詐欺罪については、前記認定の事実によると、被告人松本等の中間介在者は当初紙本に対して交付した前記権利証等の一件書類が偽造文書であることを知らなかつたのであるが、そのあつ旋中六月七日頃これを知るに至つたところ、同人等においても「上借り」を企てていたので、紙本に対しては右偽造の事実はこれを告知しないで、自己のためにする「上借り」金は勿論被告人大井田等のためにする金銭をも併せ騙取することにその方針を決定したことが明らかである。この場合被告人松本等においては右知情前には被告人大井田等のためにする金銭に関する限り尠くとも犯意を欠いているから、被告人大井田、同金はそれまでの間松本等を利用して紙本に対し判示の如き欺罔行為を行わしめた点でいわゆる間接正犯として詐欺罪の実行に着手したものといわねばならない。しかして被利用者である松本等が右の如くその情を知悉した際には、利用者である被告人大井田等の紙本に対する欺罔行為は既に完了して居り、しかもその後被告人大井田等と松本等との間には通謀の成立こそないが、松本等においては依然被告人大井田等のためにも金銭を騙取する意図の下に行動したことはこれまた前記認定の事実に徴し明らかである。かかる場合、被告人松本等の右知情後の行動は、判示第二で認定したとおり同人等については詐欺の実行行為と認められるので、見方によつては、この客観的事実を基礎として、被告人大井田、同金の責任はこれをその教唆犯として論ずる見解もないではないが、本件においては、前記認定の如く、被告人大井田等の紙本に対する詐欺罪の実行行為としての欺罔行為は被告人松本等の知情前に既に完了して居り、しかもその知情後に同人等の協力を得たのは単に右欺罔により錯誤に陥つた紙本より金銭を受領した一点に止まるのであつて、その全体を綜合的に観察するときは、被告人大井田等の責任を論ずる見地では、同人等において被告人松本等を一の道具として利用して詐欺を実行したものと観るのが相当である。よつて被告人大井田、同金に対してはこの部分につき判示第一の(二)に記載のとおり認定したのである。

(三) 判示第二の事実中被告人中島儀、同内藤すいにかかる部分については、判示認定の如く、同被告人等は被告人朴、同松本、同水野等に対し二百万乃至二百五十万円の融資あつ旋方を依頼したのに、被告人松本等において五十万円の「上借り」を企てたため紙本に対して三百万円の融資方を依頼する結果となつて居り、更に、(一)に挙示した証拠によれば、被告人松本等三名は実際紙本より二百七十万円の交付を受けた際、そのうち四十万円を自己等の「上借り」金として取除け、被告人中島等には内密でこれを分配した形跡が窺われるのであるが、一件証拠を精査しても、被告人中島等において右の融資あつ旋を依頼するに当り指示した右二百万乃至二百五十万円という金額は、特にその額に限定する意思であつたと認むべき格段の証拠もなく、一応の基準を示したに過ぎないものと認めるのが相当であり、又、被告人五名共謀の趣旨は、判示認定の如く、従来の交渉の結果紙本より融資を受けることに決まつた金額はすべてこれを騙取する旨の極めて概括的なものであつたと認められるから、たとい賍金分配の過程等において前記の如き事実があつたとしても、情状の点は別として、共犯としての犯罪は二百七十万円全部につきこれを肯認するの外はない。よつて、同被告人等については、判示第二記載の如く認定した次第である。

(三、累犯となる前科及び併合罪となる前科)

被告人朴炳圭は、(イ)昭和二十六年九月二十六日東京簡易裁判所において窃盗罪により懲役壱年未決勾留日数四十日通算(法定未決勾留日数十五日通算、なお昭和二十七年政令第百十八号によりその刑を九月に減軽)に処せられ、同二十七年五月十六日右刑の執行を受け終り、(ロ)同三十二年十二月十八日同庁において外国人登録法違反(登録証不携帯)により罰金参千円に処せられ右判決は同三十三年一月二十四日確定したものであつて、右の事実は同被告人に対する前科調書の記載によつてこれを認める。

(四、法令の適用)

被告人等の判示所為中、第一の(一)の(1)、(2)、(4)、第三の(一)の(1)、(2)の各公文書偽造の点はいずれも刑法第百五十五条第一項、第六十条に、第一の(一)の(3)、第二の(一)、第三の(一)の(3)の各私文書偽造の点はいずれも同法第百五十九条第一項、第六十条に、第一の(二)の(1)、(2)、第三の(二)の各偽造公文書行使の点はいずれも同法第百五十八条第一項、第百五十五条第一項、第六十条に、第一の(二)の(2)、第二の(一)、第三の(二)の各偽造私文書行使の点はいずれも同法第百六十一条第一項、第百五十九条第一項、第六十条に、第一の(二)、第二の(二)、第四の(三)の各詐欺の点はいずれも同法第二百四十六条第一項、第六十条(但し、第四の(三)の事実については同法第六十条はこれを適用しない)に、第三の(二)の詐欺未遂の点は同法第二百四十六条第一項、第二百五十条、第六十条に、第四の(二)の(1)、(2)の各業務上横領の点はいずれも同法第二百五十三条に、第四の(一)の外国人登録法違反の点は外国人登録法(昭和三十一年法律第九十六号による改正後のもの)第十八条第一項第一号、第十一条第一項、昭和三十一年五月七日法律第九十六号附則第二項に該当するところ、判示第一のうち、(二)の(2)の偽造公、私文書一括行使の点は一個の行為で数個の罪名に触れ、(一)の(1)の公文書偽造と(二)の(1)の同行使との間、(一)の(2)、(3)、(4)、の公、私文書偽造と(二)の(2)の同行使との間、更にこれらの行使罪と(二)の詐欺との間にはいずれも手段結果の関係があるから、結局判示第一の罪の間では刑法第五十四条第一項前段、後段、第十条に依りこれを一罪とし最も重い(二)の(1)の偽造公文書行使罪の刑に従つて処断すべく、判示第二のうち、(一)の私文書偽造と同行使と(二)の詐欺との間には順次手段結果の関係があるから同法第五十四条第一項後段、第十条に依りこれを一罪とし最も重い(二)の詐欺罪の刑に(但し短期は最も重い(一)の偽造私文書行使罪の刑に)従つて処断すべく、更に、判示第三のうち、(二)の偽造公、私文書一括行使の点は一個の行為で数個の罪名に触れ、(一)の(1)、(2)、(3)の公、私文書偽造と(二)の同行使と詐欺未遂との間には順次手段結果の関係があるから、結局判示第三の罪の間では同法第五十四条第一項前段、後段、第十条に依りこれを一罪とし最も重い(二)のうち偽造の登記済証一通(昭和三三年証第一八号の一九)を行使した罪の刑に従つて処断すべく、判示第四の(一)の罪については所定刑中懲役刑を選択するところ、被告人朴炳圭には前示(イ)の前科があり、判示第四の各罪はいずれも右刑の執行を受け終つてから五年以内に犯したものであるから右各罪につき同法第五十六条第一項、第五十七条に則りいずれも再犯の加重を為し、被告人大井田忠之、同金奎植については判示第一及び第三の各罪は同法第四十五条前段の併合罪の関係にあるから同法第四十七条本文、第十条に則り最も重い判示第一の(二)の(1)の偽造公文書行使罪の刑に法定の加重を為し、被告人朴炳圭については判示第二、第四の各罪と前記併合罪となる前科欄で判示した(ロ)の確定判決に係る罪とは同法第四十五条後段の併合罪の関係にあるから同法第五十条に則り未だ裁判を経ない判示第二、第四の罪につき更に処断すべきところ、右は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文、第十条に則り最も重い判示第四の(三)の詐欺罪の刑に法定の加重を為し(但し、短期は最も重い判示第二の(一)のうち偽造私文書行使罪の刑期に従う)、右の結果、それぞれその所定乃至加重した刑期の範囲内で、被告人大井田忠之、同朴炳圭を各懲役弐年に、被告人金奎植、同中島儀、同松本利男、同水野万作を各懲役壱年六月に、被告人内藤すいを懲役壱年にそれぞれ処し、同法第二十一条を適用して被告人大井田忠之に対して未決勾留日数中百弐拾日を右本刑に算入し、被告人金奎植、同松本利男、同水野万作に対しては被害弁償等に顕われた改悛の情その他諸般の情状、同内藤すいに対しては共犯者間における地位その他諸般の情状を斟酌した上、いずれも同法第二十五条第一項を適用して裁判確定の日より四年間右本刑の執行を猶予し、主文掲記の押収物件中(イ)は判示第一の(一)の各犯行によつて生じ且つ同(二)の(1)、(2)の行使罪を組成したもの、同(ロ)は判示第三の(一)の各犯行によつて生じ且つ同(二)の行使罪を組成したもの、同(ハ)は判示第二の(一)の偽造罪の犯行によつて生じ且同行使罪を組成したものであつて、いずれも何人の所有をも許さないものであるから、同法第十九条第一項第三号、第一号、第二項に従い、その各偽造部分を主文掲記のとおり関係各被告人より没収し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条を適用して主文掲記のとおり各被告人の連帯負担とする。

(五、一部無罪)

被告人大井田忠之、同金奎植に対する検察官の昭和三十二年九月十六日付訴因追加申立書の記載によれば、同被告人等の判示第一の(二)の犯行に関する検察官の主張は、「同被告人等は共謀の上判示日時場所において判示の如き手段方法により紙本隆四郎を欺罔し、因つて同月八日頃同人より前記被告人松本方で同人の手を通じ現金二百七十万円の交付を受け、これを騙取した」ということになつている。

しかし、一件証拠殊に被告人等の検察官に対する各供述調書に依れば、被告人大井田は被告人中島等に金融あつ旋方を依頼した際、登記をすればその犯行が容易に発覚することを憂慮し、これが発覚を防止する目的で、特に登記抜きで融資して欲しい旨の条件を付し、その結果、本件宅地は当時四、五百万円の価値を有したにも拘らず、融資金額を百万円と限定してそのあつ旋方を依頼したものであつて、殊に冒頭判示の如く当時保釈中であつた被告人大井田としては登記しないという条件は絶対的なもので、仮に百万円以上の融資を受け得る見透しがついたとしてもその為に登記の必要が生ずるとあればこれを受け得ない立場にあつたものと認められる。然るに、被告人中島は右あつ旋方依頼を受けたのに便乗し被告人大井田には隠密に自己の為百万乃至百五十万円のいわゆる「上借り」を企て、しかもそのような多額の融資を受ける為には右条件に固執することは不可能と考え、前記土岐武雄に対し登記してもよいから二百万乃至二百五十万円借りて欲しい旨依頼し、判示の経過を辿つて結局紙本に対し三百万円の融資申込をなすに至つたものである。

しかして被告人中島等の紙本に対する融資申込が同被告人等において本件書類の偽造である情を知り判示第二の詐欺を共謀する以前においてなされたものであることはすでに判示したとおりであるが、一件証拠殊に前掲認定の事実によると、その全部を一体的に同被告人等が間接正犯のいわゆる被利用者の立場において被告人大井田、同金の意思を単に伝達し又は敷衍したに止まるものと速断することはできない。むしろ、登記抜きという条件を無視し自己の用途に供するため依頼された金額を遙かに上廻る申込をなしたこと自体(被告人大井田等の依頼の正否及び関係書類の真否に関係なく)において紙本に対する一種の詐欺として被告人中島等自身の犯意が看取される本件においては、同被告人等の紙本に対する三百万円の融資申込のうち百万円を超える部分については、最早利用者たる被告人大井田等の支配下における単なる道具的行動の延長ではなく、被告人中島等が自己の利益の為独自の意思主体として行動した結果と認むべきである。然らば紙本に対する融資申込額は形式上三百万円となつてはいるが、百万円を超ゆる部分については被告人大井田の行為は相当因果関係がないといわねばならない。

果して然らば、被告人大井田、同金に対する公訴事実のうち右の点については結局犯罪の証明を欠くものというべきであるが、右は判示第一の(二)の罪の一部として起訴されているのであるから、主文においては特に無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 八島三郎 西村宏一 半谷恭一)

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